2018年2月16日金曜日

碁盤の「 血だまり 」の考察


はい、皆さんこんにちは。

囲碁講師の坂本亨秀( さかもとあきひで )です。

今回も徒然ながらに
おねおねと記事を認(したた)めて参ります。

私は以前
囲碁のマナーは何の為にあるのか 」という記事で
碁盤の裏側にある窪みについてお話をしました。

おさらいをすると、
この部分は「 音受け 」( または、へそ )といって
碁石を打った時に良い音が鳴る為の工夫なのですが
別称を「 血だまり 」と言います。

由来は、対局中に横から口出しをした人間の首を刎ね、
碁盤を裏返したその窪みに
その首を置いたとか置かなかったとかで、
口出し厳禁の意味を込めて「 血だまり 」と呼んだそうです。

さて、ここでふと
ある疑問が私の頭を過りました。

「 いつの頃から、“ 血だまり ”の話が出来たのだろう 」

ここまで具体的、
かつ強烈なメッセージ性のある話ができるには
やはりそれなりの理由があるのではないでしょうか。

今回は過去の記録を見ながら、
いつの間に「 血だまり話 」が語られるようになったのか
考察していこうと思います。



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まず、日本の囲碁の始まりは平安時代とされています。
中国から日本に渡り、貴族の間で娯楽として親しまれていたようです。
かの清少納言や紫式部も碁を打っていたようで
枕草子や源氏物語にも囲碁の話が出てくるそうです。



平安時代の碁盤というと、こういう形のものを想像してしまいますね。
これだと「 血だまり 」は彫られていないようです。
( 現代の足つき碁盤でも二寸程の薄い碁盤には彫られていない )
平安時代の絵画をみて確認してみましょう。


これは碁盤が薄く、足もクチナシの形ではないですね。
音受けはなさそうです。



お?



おお?
二枚目は確認できませんが、
1枚目の足はクチナシの形になっています。
現代の形と同じですね。
この時点で碁盤の形はすでにほぼ出来上がっていて
この時から音受けはあったのかもしれません。

では、この時代からへその部分を
「 血だまり 」と呼んだのでしょうか。

……うーん。
私にはどうもそうは思えません。

なぜなら、この時代の囲碁は貴族の娯楽であり、
庶民にはあまり知られていなかったと思われるからです。
実際に碁を打っていたのはほとんど貴族だけで
そうなると、たかが遊びに口出しをした程度で
貴族の首を刎ねて晒したとは考えにくいからです。

おそらくこの時代の囲碁は、
そこまで礼儀に対して厳しくなく
( 最低限の礼儀作法は貴族として身につけている )
たまに口出しをしながら、
皆でわちゃわちゃ楽しむような
そんな雰囲気だったのではないでしょうか。

室町時代後期には、碁打ちが公家や武将に呼ばれて碁を打つような機会が増えていくなど
囲碁が盛んになっていき、
戦国時代は戦国武将の間で大流行したそうです。

私が思うに、この辺りに
血だまり話が誕生した可能性はあるかと思います。

貴族や、位の高い武将が碁を打っている時に
横から思わず口出しをしてしまった人がいて
機嫌を損ねたお偉いさんが碁盤をひっくり返し
「 その者の首を刎ねよ! 」 みたいな感じで
打ち取りにした後「 お前なんかこうだ! 」と
裏返しになった碁盤のにその首を置いた。
という具合です。

武家同士の対局なら、いくら遊びではあっても
やはり勝ち負けに対しては敏感だったと思われます。

現代と違い、お偉いさんの気持ちひとつで
人が簡単に死ぬなんていうのはよくある話なので
これくらいのバイオレンスさがなかったとは言い切れません。

また、勝ち負けに敏感、といえば
江戸時代まで進むと「 御城碁 」というものが生まれます。

御城碁とは、
当時の囲碁家元「 本因坊家・安井家・井上家・林家 」の四家から選りすぐりの強豪たちが
徳川将軍の御前で行う対局の事を言います。
もちろん、この御城碁に選ばれる事は家元の代表として対局に望む事であり
棋士たちとっては真剣勝負そのものでありました。

下打ち(※)の間、対局者は外出を禁じられ
「 碁打ちは親の死に目に会えない 」というのはここから生まれた言葉です。
※ 対局は一日で終わらない事が多かった為、
  あらかじめ一局打ち終えてから、御城碁当日は
  その棋譜を対局者が並べるという方式をとっていた。
  これを「 下打ち 」という。
    下打ちは数日に及ぶ事も多かった。

御城碁の内容は棋士たちにとって重要なものであり
そういった勝負の重さから
「 安易に口出しするべからず 」
という意味合いを込めて「 血だまり 」の話が生まれたのかもしれません。

という訳で、血だまり話の誕生については

①室町後期、武士や貴族の対局中に口出しをした人が
 実際に首を刎ねられてしまった。

②江戸時代、
 御城碁などの対局が勝敗の重さを加速させ、
 「 真剣勝負に安易に口を出すな 」
 という意味を込め生まれた寓話。

以上の二点が、有力候補ではないかと思いました。

なお、あくまで素人のやっつけ考察なので
信憑性は期待しないでいただきたい旨をここに記します。

何はともあれ、現代でも対局中に口出しをされて
真剣勝負に水を差されるのはいい気はしませんよね。
「 岡目八目(※) 」という言葉もあり、
外側から見ていると言いたい事もあったりしますが、
本人たちは至って真剣。
そういう時は、対局中はグッと我慢して、
局後に本人たちの様子を見ながら提案してあげましょう。

 ※ 「 岡目 」とは、「 傍目 」とも言い、第三者の立場から見るという意味。
   岡目八目とは、
   対局者本人よりも傍から見ている者の方が
   八目( 八手 )先までよく見えている、
     ということわざ。
   対局に必死になっている対局者よりも、
     番外で冷静に見ている第三者の方が
   局面がよく見えて的確な判断ができる、という謂われである。


囲碁はやはり紳士的競技。
盤上でいくらでも喧嘩できるのですから、
無粋な行動のせいで、番外に「 血だまり 」ができるような事にはならないでほしいものです。


囲碁講師 坂本亨秀

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